2018年5月29日火曜日

線香あげてきた件、今日はこんにゃくの日。

日曜日。
早く目が覚めたので朝ごはん前に散歩、というかもう一度墓参りに。
なかなか来れないので。
 日本海側では今でも夷狄に備えておるのです。
 船を釣るクレーンが動いていた。
 綺麗な漁港です。
 この灯台、おじさんによりますと日本海側で一番明るいのだとか。
お墓のそこかしこに、海から入ってきた花が咲いている。
朝ごはんの後、どこに行きたいのかって聞かれたのだが、特に行きたいところもないのですが、候補地の兼六園は昔行ったことがあったので、砂浜を車で走れるところに僕だけ行ったことがないと言うと
 そっちに向かって走り出した。
 砂がものすごく締っている。
 バイクも多い。
この土日はマスツーのイベントがあったようで、米原駅とかで見たバイクも多くはこちらに来ていたようだ。
 日本海が平だ。
マスツーのイベント会場ではT橋ジョージのステージがあるとかいう情報を伝え聞いてきたのだが、この4人の中では、どうでもいいシンガートップテンに数えられているので会場手前で普通の道に戻る。

コスモなんちゃらと言う博物館へ向かう。
 砂で造形していた。
 
 宇宙っぽい何か。
 これは打ち上げられて戻ってくる部分ではないだろうなあ。
 レプリカではなく、予備機ということなのかな。
 芝刈り機はちょっと月面作業車に似てると思った。
 レプリカではないが、実際に使われたのは今も月面にあるはずなのだ。
 これは地球に戻ってきたやつらしい。
 中は狭そうだ。
 これも予備機か。すごく高いので無料で100年リースをしてもらっているらしい。
 
 これは図鑑で見たことがある。
 でた~フォン・ブラウン。
  シールドには金が貼ってある。
それに金沢の伝統技術金箔細工が使われたというわけではないのだろう。
  アメリカの人が乗っていった着陸船の予備機。
 時計をほしいと思うことはあまりないが、これは欲しくなる。
 この図も何かの図鑑で見たことがある。
 ジェダイのコスプレをする宇宙飛行士。
 ソ連が使っていた月探査機。アメリカと違って無人機だ。
アメリカよりソ連のほうが人命が重かったのではないかって思った。
あ、そうかアメリカにはケネディとフォン・ブラウンがいたのか。
青いジャケットを来たネーチャンがおっさんの団体に向かって、いろいろ説明をしてくれていた。それを僕は盗み聞きしていたわけです。
妙齢の微妙に美人さんだったからか、おっさんたちは楽しそうに絡んでいってましたね。

ここを出る頃には10時を回っていたので、金沢に戻って昼ごはんだねって、金沢に戻り。
16時前の汽車なので15時ぐらいまで、おじさんたちの知り合いの店などをはしご。
金箔細工の店では金箔体験が出来たようだ。してないけど。

 駅前の門。
 木でねじったように組んである。
 なかなか面白い。
柱の中に金箔の金剛力士像とか置けなかったのかなって思ったが、悪趣味かもね。
イノセンスっぽくなるかなって思っただけです。


空間を曲げて高頭身で写ってしまった。
土産と夕ごはん用に笹ずしなどを買ってもらってK沢を出た。
敦賀を出てしばらく走ると進行方向左手に広い水面とそれに面した街が見えて不思議だったのだが、米原に向かう上り側は衣掛山というところでループしていてそれでもう一度、日本海と敦賀の街が見えていたのだな、と帰ってグーグルマップを見てわかった。

ということで線香をあげに行きたいという僕の存念はかなった。
残された親御さんの言動や表情の中に亡くなったハトコの面影が見えて、(僕を含む)彼を知っている人が残っているうちは、寂しい一方で、いくらか残っていて、全て消えて無くなったりしないのだなと思った。
玄関先にあった狸と帆掛け船を頂いてきた。
この置物、中が空洞になっていて傘とか船体上部が蓋になっている。
香炉ってやつなのかな。
灰皿にならんこともない。
何か機能、使い方が着いているのが嬉しい。
貧乏性なのです。
宇宙人と宇宙船に見えないこともないなと思った。



2018年5月28日月曜日

線香あげてきた件

ココに来ている皆様はもしかしたら覚えておられるかもしれませんが
僕のハトコの1人がまだまだ行けるだろうってとこで亡くなってしまいまして。
ずっとせめて線香くらいあげに行きたいと3年位思っていましたが、ようやく行けたという話です。どうでもいい写真が多くジジババしか写っていないですと先に言っておきます。
 ということでK沢に行きます。
 これはF山ですね。
 700系。Nに比べて柔らかい印象。
 米原に到着。
新幹線が停まる、時にはひかりも停まる駅なのに、今治とか壬生川とかレベルの駅。
ほぼホームとホームをつなぐ跨道橋(跨線橋)で出来ている駅です。
乱暴な言い方ですが。
 祖母と、この0系に乗って米原という駅はよく来ておりました。
楽しかったですね。
 この景色を見て、レールってずっと繋がってんだなって、よく繋げたなって子供のときは思ってましたね。

張り切って早く出てきてしまいましたので母をココで待ちます。
僕は指定とか取らないで、計画もなく、なんとか乗り切ろうとする人間なのですが(父や)母はそうではなくちゃんと乗る席を決めたいようです。

1時間以上待った。
指定とか取っちゃうとその列車に間に合うか不安じゃないですか?
だから3本早い新幹線に乗っちゃったんだよねー。
 20年位前に米原で下車して「何もねえなあ」って思ったんですが、駅の外にはコンビニとか無くて(なんちゃらっていう古いショッピングモールが湖側に有りましたが)相変わらずの何もない!様子だが、(エンジンのない)バイクの拠点の一つになってるっぽい。

そういえば昔も琵琶湖周辺の快速とか乗ってると、輪行バックを抱えた人を見かけた気もすると思い出す。
あとこの日はなんちゃら愛護の会だっけか、やんごとなき方が参加されたイベントも会ったようで、案内の人があちこち立っていた。
そして、なぜだか知らないがエンジン付きバイク乗りの皆さんがよく通る。
 何かをこじらせたような通り。
 まいはらなの?
 なんだか由緒あるっぽい庭園があるようだ。


 その入口。用のある方はドアホンで呼び出して!ってあるが、特に用があるわけでもないので引き返す。
 雪がひどかったのか屋根を直している家がちょいちょい有ったということにしておく。
 鳥瞰図風の案内図。
 移動式の祠。
 信号機が
 多分雪対策で縦型。
母も到着し
 僕は初めて「しらさぎ」に乗ることに。
 水を引いてこれから田植えなのでしょうか。今治より大分早い。
 K沢に到着。
 新幹線が繋がってから、かなりモダンになったのだろうと思う。
 イトコをさがす母。
 駅前の門。

イトコは反対側の出口で待ってたもよう。
懐かしいお宅に到着。
 大野というところで醤油醸造元の一つをやっておられる。
(昔はココに7人住んでいたが近くに新居を建ててそちらに移ったそう。)
 玄関で香炉を見つけた。昔はこういうものが目に入らなかった。
この右手に見えるのが醤油醸造場兼住宅。
商売もやめようと思っていて近く取り壊すようだ。

左手はちょっとした観光名所みたいになっていた。
 そちらで昼ごはんをいただく。
 この中州に醤油醸造場が集まっている。
 昔はただの醸造場だっただろう。
あまり覚えていない。
 墓参りを済ます。お墓と同じ形の灯台が面白くて撮った。
 
 昔、夏に遊びに行くと暑いとか、テレビも映らなくて何してればいいん!って過ごしていたと思うのだが、今見るととてもいいところ。
 川にペンギンみたいな毛並みのカモがいた。



撮ってもらった。
 夕方から自転車を借りて散策。
 こういうのが有ったこととか全く覚えていない。
昔の僕は何してたんですかね。
 この運河みたいな川で釣りでもしてたのだろうか。
 ココは何かの映画のロケで使われたらしい。
今はラーメン屋になっているようだ。昼だけ営業なのかな。
僕が脇を舐めたい、頭とかの匂いを嗅ぎたい女優№1のN谷美紀さんが3ヶ月位いたらしい。その時教えてくれればいいのに。
 小高くなっているところに神社がある。
 なかなか立派な灯籠が並んでいる。
 凛々しい顔の狛犬。
 3組位あった。
 街を見下ろす。
 大きなイチョウがある。

倉庫があって。
中には山車がある。昔から裕福な街だったのかなって思う。
 この灯籠の形は面白いと思った。
 泥鰌の蒲焼屋。
興味があったがスルーした。
(帰って聞いてみると「あんまり…」ということだったので人を選ぶ味覚なのだろう。)
 煙突は銭湯ではなく醸造場。
 イカ釣り船だね。サマーウォーズで見た。
 夕ごはんはこちらでいただくことに。
 毛蟹とかフグとか鯨鍋とか始めて食べた。
意外と美味しい。

中で一番若いので食べ過ぎ飲み過ぎでグロッキー気味で寝た。

バック風ステップ

元2ch板でステップの位置を変えられるヤツがあるって言う書き込みがあって まんまとポチったのだが、いざ純正ステップを見ると、どうやってこれ外すの?ってなってて、まあリベットの一種っぽいので留めとる箇所を削ればいいんだろうけど、それを聞きにどっかのミーティングに顔だそうか?っ...